言葉遣いの悪い人間とは縁を切り、余計なストレスを抱えないことです。

『マイ・フェアレディ』

という映画をご存知でしょうか?

オードリー・ヘップバーン主演の有名なミュージカル映画です。

 

ロンドンの下町で花売りをしていた娘が、

ひどい下町訛り(コックニー訛り)を

ひょんなことから知り合った言語学の教授に

徹底的に矯正され、

美しい上流階級の話し方を身に着け

宮殿の舞踏会で外国の王女に間違われるまでになるというお話です。

 

かなりざっくり書いてしまいましたが、

オードリー扮するイライザという娘は

それはそれは汚い言葉を話していました、

「よう大将、花を買ってくんねえか?」

「ばかにすんな、あたいはまともな娘だ」

「話し方を教えてもらいてんだ」

「くたばっちまえ!」

など・・

 

まぁこれは日本語の翻訳ですので

実際は英語の発音がめちゃくちゃなわけです。

 

イライザは言います。

「花売り娘と貴婦人の違いは、どう振舞うかではない、

どう扱われるかだ」

と。

 

花売り娘はレディとして扱われることはありません。

見下され、軽く扱われるだけです。

しかし美しい言葉を話す貴婦人は丁重に扱われます。

もちろん服装など見た目もありますが、

その人の纏う雰囲気はまるで違います。

 

 

話が脱線してしまいましたが、

下町言葉を話す連中の中にどっぷり漬かっていた時は

イライザは品のない花売り娘でしかありません。

道路に平気で足を開いて腰かけていたりします。

 

泣きわめきながらもだんだん美しい言葉ではなせるようになると

イライザの見た目や行動も見違えるように良くなっていきます。

 

人はまるでカメレオンのように環境に溶け込みます。

周りに口汚く人の悪口を言っていたり、

罵ってばかりいるような人ばかりいたら

だんだん自分も染まっていきます。

 

イライザはドブの匂いのする下町から出て、

上流階級の人とも対等に付き合えるほどの立ち居振る舞いを身に着けました。

当然花を売る仕事以上の、もっと良い条件の仕事にもつけるでしょう。

 

 

世の中には口の悪い人間がはいます。

そのような人とは絶対に付き合ってはいけないのです。

自分をそのような環境に置いてはいけません。

悪口を言われ続けていると自分はダメな人間なのだと思い

そのようになっていきます。

 

言葉は非常に重要です。

言霊と言いますよね。

言葉には霊、つまり魂が宿っています。

 

悪い言葉を受けているとそのようになってしまいます。

 

成功したければ言葉の悪い人間とはつきあってはいけません。

ストレスになって病気になったり良いことはひとつもありません。

 

人を貶めたり、苦しんでいるところを見て

楽しむ人間は必ずいます。

そういう人は決していなくならないので

徹底的に距離をとることが必要です。

 

イライザも下町から隔離された教授の家での教育により

みちがえるようになりました。

 

起業家としてやっていきたいのであれば

言葉遣いの悪い人間とは徹底的に距離をとること

これが重要であると松田豊さんはおっしゃっています。

 

 

時間 思い込み 解放され 幸せの波動 2年以内に 億万長者

時間とは何でしょうか?

当たり前のように時間時間と口にしますが

時間について私たちはほとんど何も知りません。

部屋には掛け時計、

枕元には目覚まし時計、

腕時計を身に着け、

肌身離さず持っている携帯にも当然時計がついています。

 

 

私たちは時間に縛られて生きています。

例えばサラリーマンの1日は

朝同じ時間に目覚ましで起こされます。

バスや電車の時間に合わせて行動がされます。

あと何分で家を出なければ、

とか、

次の電車まではあと何分、とか。

ほとんど数分単位で行動を制限されています。

 

電車が事故やトラブルで数分遅れただけでイライラします。

駅の電車が2分遅れていますとアナウンスされると

2分がものすごく長く感じたりします。

 

逆に、スマホのゲームに集中していたりすると、

1時間なんてあっという間だったりします。

 

時間とは絶対的なものではないのです。

 

時間というのは変化するものです。

 

絶対時間は存在しない

それぞれの人物は固有の時間を持っています。

ある人の1分とある人の1分は全く違います。

あと3分で電車が行ってしまう、と

急いでいるAさんと

インスタートラーメンの出来上がりを3分待っている、

空腹のBさんの3分は

全く違うのです。

 

私たちは学校で時間割を組まれ、

時間に遅れてはいけないという教育をされてきました。

それは優秀な会社員を育てる教育であるのです。

 

毎日遅刻せず、同じ時間に業務に取り掛かり、

定時になるまでさぼらず勤勉に仕事をする優秀な会社員です。

 

サラリーマン・優秀な会社員を望むのであればそれで良いかもしれませんが

経済的自由を手に入れる、

不労所得で生きていく

時間に縛られない生き方がしたい

と考えている人は

時間に対する考え方を柔らかくする必要があります。

 

 

時間そのものは、宇宙の視点で見ると適当であることを知ることです。

そして、時間の束縛から解放され、個人の時間を生き、

他人の敷いたレールをただはみ出さずに歩くのではなく、

個人の自由を尊重してそれぞれの幸せの波動を引き寄せる、

これがゆくゆくは経済的にも自由を得られる方法なのではないかと、

田豊さんのお話の中で私が感じ取ったことです。

 

 

究極のマインドセットで生き方を変えよう

 

松田さんが基本としている究極のマインドセットがあります。

以下動画より引用します。

 

マザーテレサの言葉より

 

人は不合理

非論理、利己的です

 

気にすることなく

人を愛しなさい

 

あなたが善を行うと利己的な目的でそれをした

と言われるでしょう

 

気にすることなく

善を行いなさい

 

目的を達しようとするとき

邪魔立てする人に

出会うことでしょう

 

気にすることなく

やり遂げなさい

 

善い行いをしても

おそらく次の日には

忘れられるでしょう

 

気にすることなく

善を行い続けなさい

 

あなたの正直さと

誠実さとが

あなたを傷つけるでしょう

 

気にすることなく

正直で誠実であり続けなさい

 

あなたが

作り上げたものが

壊されるでしょう

 

気にすることなく

作り続けなさい

 

助けた相手から

恩知らずの仕打ちを

受けるでしょう

 

気にすることなく

助け続けなさい

 

あなたの中の最良のものを

世に与え続けなさい

 

けり返されるかもしれません

 

気にすることなく

最良のものを与え続けなさい

 

最後に振り返ると

 

あなたにもわかるはず

結局は全て

 

 

「あなた」と「内なる神」

との間のことなのです

 

あなたと他の人間の間の

ことであったことは

一度もなかったのです

 

1979年

ノーベル平和賞受賞

マザーテレサ

 

暗いと不平を言うよりも

あなたがすすんで

明かりをつけなさい

 

田豊さんはこれを

マザーテレサマインドセット

(献身マインドセット

と呼び、

これを精神の柱にして

『独りでも安定して稼ぎ続ける』

『自己投資マインドセット

『ネット起業家マインドセット

などを提供してくださっています。

 

『愛』のないコンサルはいくら受けても無駄であり

お金と時間の無駄であると教えています。

 

マザーテレサの言葉は

ネットビジネスにおいて、私たちのような弱者が

強者と同じ土俵で戦わず、

実直に誠実に、献身的にものごとを行うことを心にとめ、

誰かのために親身になり、そのひとの為を思い、

コツコツと与え続けることが

ゆくゆくは自分の為になると教えてくれています。

 

私は特定の宗教を持っていませんが、

神は自分の中にあると思っています。

日本には八百万の神という概念がありますね。

全てのものには神が宿っているという考えです。

 

子供の頃、お風呂でおしっこがしたくなると

母に、「お風呂の神様にごめんなさいしなさい」と

言われたものです。

私は「お風呂の神様ごめんなさい」といいながら

洗い場で用を足したことが度々あり、

その意識は大人になった今でも

潜在意識に根付いているように思います。

 

嘘をついたり、ずるをしようとするとき、

神様はじっと見ているのです。

それは自分自身の「内なる神」に他なりません。

神は私たちの中にいて、

私たちの行動を見ています。

 

「内なる神」に恥じないよう、

ずる賢い他人に左右されずに

誠実に生きていきたいですね。

 

 

超初心者でもネットビジネスの副業で富を生み出すことは可能です!ただしたった一つ、知っておかなければならない事があります。

フレデリック・ランチェスターという人物をご存知でしょうか?

名前を聞いたことのある方もいるでしょうが、

一般的にそれほど知られてはいないのではないでしょうか。

私も松田豊さんのマインドセットで聞くまでは、

その名前すら知りませんでした。

以下Wikipediaより抜粋です。

 

フレデリック・ウイリアムランチェスター(1868-1046)

イギリスのエンジニア。

1914年に勃発した第一次世界大戦に際し、

ピタゴラスの定理にヒントを得て軍事的法則を考案、発表。

後にこれは「競争の法則」と呼ばれる

ランチェスターの法則』となった。

日本では軍事より経営論として有名である。

 

ランチェスターの法則の詳しい内容はここでは述べませんが、

軍事的な戦略をビジネス戦略にアレンジしたものは、

ひとりネットビジネスで10年以上成功を収めている松田豊さんの領域を目指す人には

大変重要な戦略になります。

 

まず、私のように数字に弱い人間は、

ビジネスの世界においては完全に弱者です。

高校2年程度の数学にも付いていけない

完全なる文系の私が、

数字に強いエリートと同じ土俵で戦っても

ワンパン即死なのです。

 

では、弱者はネットビジネスには参入できないのでしょうか?

いいえ、弱者でもライバルに差をつけて無双状態になれる方法があると

松田さんはおっしゃっています。

 

 

まず大前提として、強者と弱者の戦略は違うのです。

全く違います。

 

 

まずは古い価値観を捨て新しい価値観を学びましょう。

他人の価値観に影響されないでください。

強者のような広域のビジネス戦略では

勝てる見込みは全くありません。

弱者はニッチな戦略を目指すのです。

 

ニッチな戦略とは?

大企業(強者)がターゲットにしないような小さな市場や、ニーズはあるがビジネス対象として考えていないような分野を狙うのです。

簡単に言うとスキマ戦略ですね。

一般的ではないが特定のニーズにマッチした例えばマニアックな分野には

少々高額でも顧客がお金を出す分野もあります。

 

稼げる人は自分が弱者であると認識することが大事です。

変なプライドを持っても意味がありません。

強者と同じ土俵で勝負しようと思ってはいけません。

エリートと張り合っても死ぬだけです。

 

ではどうすれば良いのかというと、

引き寄せの法則を利用するのです。

 

エリートは大抵、波動や引き寄せ、潜在意識の話にピンときません。

そこで弱者はエネルギーを高めるのです。

潜在意識を高めるということですね。

 

自分の得意なジャンルで戦うこと。

自分を見失わず、自分を信じて戦うこと。

 

これに尽きます。

 

苦しい思いをして社会のレールに乗り続けることはない、積極的に脱落しようというお話

田豊さんの動画にたびたび上げられる、ひまわりさんのお話には

この社会の中で追い詰められ、さまざまなストレスをかかえる人を

救う言葉がたくさん出てきます。

 

今回は、『脱落は悪いことではない、むしろ良いことである』というお話でした。

脱落という言葉にはどんなイメージがあるでしょうか?

子供のころ、学校の成績が悪い子供や、体が弱くて学校を休みがちな子供、

コミュニケーションがうまくできない子供などが

一定数クラスにいたと思います。

そんな子供たちはたいてい教師から叱責されたり、同級生からいじめられたりしていたでしょう。

 

子供の頃の記憶は潜在意識に擦り込まれ、

その人が死ぬまで影響を及ぼします。

虐待やいじめの記憶は一生消えません。

 

私は小学生の頃、学年で一番小柄で、運動神経が良くなく、

人と会話することも苦手ないわゆるネクラな子供でした。

なぜかいつもあからさまな仲間外れや無視にあい、

いつも友達はいませんでした。教室を移動する時もひとりぼっち。

班決めの時も誰からもグループに呼んでもらえません。

 

当時一クラス40人学級だったのですが、

6人くらいで1つの班を結成して、班ごとに行動したりするのですが

当時の担任は仲間外れに加担するかのごとく、

班の決め方を、選出された班長が自分のの班に入れたい人を

一人ずつ指名して取っていくというシステムを作ったのです。

まずクラス全員を立たせます。

前に出た班長が順番に自分の好きな人を指名します。

 

指名された人は座ります。

だんだん立っている人は減ってきます。

残ってくるのは友達の少ない子や勉強やスポーツができない子

など、社会でいう半端ものです。

その中で私は一番嫌われていて必ず最後の一人でした。

そのみじめさ、くやしさ、悲しさ、絶望感はは想像を絶するものがあります。

それでも私は悲しんでいる姿を見られたくなくて、平静を装うのが精いっぱいでした。

 

担任はその様子をにやにやしながら見ているのです。

あの時の表情は決して忘れません。

あきらかに、担任は楽しんでいたのです。

一人だけ最後まで残っているきゃしゃで小柄な少女が

さらし者になっている様子を。

 

 

休み時間には一人でノートに絵を描く日々。

好きで描いているのではなく、一人でぽつんとしている自分が恥ずかしかったから、

絵を描くのが好きだから、校庭で遊ばずに教室に残る言い訳を

作っていたのかもしれません。

遠足や運動会、林間学校、修学旅行、

子供が楽しみにするであろう行事は私にとっては地獄でした。

 

そんな灰色の小学校生活だったのに私は学校を休んだり、さぼったりできませんでした。親にいじめにあっていることも言えませんでした。

仲間外れにされ、無視される苦しい日々を告白することができなかったのは、

自分の子供がいじめにあっていることを知ったらきっと親は悲しむだろうと

思ったのもそうですが、学校という社会からつまはじきにされている自分を

さらすことはプライドが許さなかったのだと思います。

 

毎晩、明日をどう生きよう、

明日の休み時間をどうやって過ごそうと苦しみ、

明日の心配をしないで眠りたいと枕を濡らす小学生がいることを

大人は想像もしないでしょう。

学校に行きたくてもどうしても学校に行くことができない不登校

ひきこもり、それができたら楽になれるのにできない子供もいるのです。

 

 

無色。ひきこもり=ニート

社会から脱落してしまった人たち

一般の社会人からはばかにされる。

何故ばかにされるのか。

それは子供のころの記憶によるのです。

勉強ができない子供。コミュニケーションがうまくできない子供

学校を休みがちな体の弱い子供、登校拒否の子供をばかにする

仲間外れにする

なぜならそういう教育システムだからであると

ひまわりさんはおっしゃています。

 

レールを外れたらいじめられると擦り込まれる大人はあてにならない

自分を守るためには集団から脱落してはいけないと

潜在意識に擦り込みがかかる

いじめにあっていた人は特に、あの惨めさを味わいたくないと

必死に社会のレールに乗ろうとするのです。

 

ですが、その先にあるのは無理をしている自分に耐え切れず

ストレスを抱えた挙句に自殺してしまったり

うつ病になってしまうことです。

私は今でも子供の頃を思い出すと涙が出ます。

もしも学校など行かなくて良いと親が言ってくれたなら。

学校社会になじめずとも幸せな子供時代を送れたのではないだろうかと。

 

中学に上がると学区域の違いなどもあり、いじめっ子たちもいなくなり、

友達もできて徐々に性格も明るくなりました。

身長も一気に伸び、誰からも意地悪や無視をされなくなりました。

私の方が集団に溶け込んでいったのでしょう。

今では人間関係に嫌気がさした職場からはさっさと脱落して、

新しい居場所を見つけることも平気になりました。

嫌々働いても幸せになれないのです。

 

人と違ったことをするのは悪いことと擦り込みがかかる

しかし社会から脱落することは悪いことではない、むしろ良いことである

 

『仏教でいうと脱落は身心脱落といって悟りの境地である

物質主義、競争主義の社会から正しく脱落して

生き方は人それぞれ

苦しいだけの人生ならばそれをすべて手放して脱落する人生もある

人生を楽しむ為に生きている

死ぬ勇気があるなら積極的に脱落しなさい

脱落は悪いことではない、良いことである。

一度死んだと思えばあなたはなんでもできる

苦しんでいる人の役に立つ生き方をしなさい』

 

ひまわりさんのこの言葉は私に勇気を与えてくれました。

はみ出してもいいじゃないか、脱落してもその先にまだ

人生は続いていくのです。

 

 

引き寄せの法則って信じるものだと思っていました

田豊さんの言葉にはいつも驚かされます。

 

最近色々な媒体で引き寄せの法則とか引き寄せの科学とかいう言葉を目にすることが多いです。ざっくりいうと「私は何々できる」とか「私はない何々を手に入れる」などと

思い込むことによって良いことを引き寄せるという物なのですが、

そんな思い込みで物事が良くなるなら苦労はしない、そんなものは信じない、という人も多いでしょう。

 

松田さんは、引き寄せの法則は信じる信じないの話ではないとおっしゃっています。

はっきりって最初は意味がわかりませんでした。

スマホのメールを例に出されていましたが、電波があるところでメールを送れるということを、信じる人は送れて信じない人には送れないなどということはないと

みんな知っています。電波があるところでメールが送れるのは物理法則であたりまえのことですよね。

 

電波や電磁波は見えないが存在しているのはあたりまえのことであるように、

引き寄せの法則というのは物理法則であたりまえのことなのだそうです。

言葉が素粒子を動かすのだそうです。感じると意識がフォトンに乗るという

難しい表現をされていましたが、私なりに解釈してみました。

 

念力って昔流行りましたよね。今の若い方にはピンとこないかも知れませんが、

アラフォー以上の方でしたら、子供のころ超能力ブームがあったことを記憶されている方も多いのでは」ないでしょうか。

私も小学生のころはムーなどの雑誌やテレビでエスパーが念力で物を動かす様子を見たり聞いたりして興奮したものです。

念力でスプーンを捻じ曲げたりすることは後に超能力ではないと証明されました。

一点に意識を集中すると普段使わない筋肉が動いたり、力を入れたつもりはなくてもかなりの力がでたりするそうです。

これは念じているのではなく、自分はこのスプーンを曲げられると思い込むことによって物理的な力が働くということなのでしょう。

 

つまり、潜在意識に働きかけることにより、物理的に物事を動かせる、

それが感じると意識がフォトン(物事を引き寄せるために必要なエネルギーを持つ素粒子)に乗るということではないでしょうか?

例えばものすごく欲しいと思い続けているものが手に入ったりするのは欲しいと強く思うことにより、それを手に入れるための潜在意識が行動を起こすのではと思うのです。

それは信じる信じないではなく、意識が素粒子を動かしている事に他ならないのではないでしょうか。

 

そう考えると、ネガティブな言葉ばかり吐き出していると悪い方向に導かれていき、

ポジティブな言葉を話せば行動も明るいほうに向かうのはあたりまえのことだと

わかります。自分を形成している細胞に引き寄せてもらえるように潜在意識を変えていかないといけませんね。

 

稼ぐアフィリエイサイトを作るのは間違いです!

 

お金に困らない毎日を送りたい、今より余裕のある暮らしがしたい、

ほんの少し贅沢もしてみたいなどお金を稼ぎたい理由は様々です。

借金を返済したいなど切羽詰まっている方もいるでしょう。

ですが具体的には今よりお金を多く得るためにはサラリーマンでしたら

副業するか独立するかの選択肢しかないでしょう。

子育て中の主婦でしたら正社員として働くのはなかなか難しい、

せいぜいパートか在宅の内職などでお小遣いを稼ぐくらいしかできないのではないでしょうか。

 

そこでネットの普及した現在、人気になっているのはアフィリエイト

収入を得る方法です。サラリーマンや主婦の副業でも数十万稼ぐ人たちや、

専業のアフィリエイターで100万単位の収入を得ている人がいると聞きます。

みんながやってそれなりの成果をだしているのだから、自分にもできるだろうと手を出す人も多いと思います。

私のように数年の会社勤めの後結婚して専業主婦となり、子供の手が離れてパートに出て、わずかな収入を家計の足しにしている女性も多くいるのではないでしょうか。

特に資格もなく、社会人経験も乏しい自分が多くの収入を得るようになるのは無理だろうと思っていましたが、主婦でもアフィリエイトで稼いでいる人がいるのだと、ついその気になってしまっていました。

 

そもそも、『稼ぐ』という発想が間違っていると松田豊さんはおっしゃっています。松田さんに「どうしたら稼げるサイトを作れますか?」というような質問が多く来るそうですが。そもそもその稼げるサイトというものは誰も求めていないのだと松田さんは断言していました。

その言葉を聞いて目から鱗が落ちるような気持ちでした。

私もアフィリエイトで稼ぐ、稼いでみたいと思っていたからです。

 

松田さんは、人の為になるサイトを作るように指導されています。

人から喜ばれるサイトを作ることによって最終的にお金を生み出し、

自分も喜ぶ事ができるようになると。

確かにその通りであると思います。

例えば洋服を買いに行ったときに、お店に入るや否や、店員が寄ってきて張り付くように矢継ぎ早に商品を勧められたら、果たして購入意欲がわくでしょうか?

気の弱い人なら欲しくもないものを勧められるがまま乗せられてつい買ってしまうなんていうこともあるでしょう。

私ならそのようなお店からはさっさと逃げ出したくなります。

ですが逆に、他の客にばかり構っていたり、店員同士でおしゃべりしていたり、商品整理ばかりしているお店にも、ほったらかしにされているかのような不愉快さを感じます。

 

理想的なのはつかず離れず、こちらの様子をそっと見て、

アドバイスが欲しいときに的確に答えてくれ、押しつけがましくなく

さりげなく良いものを勧めてくれる店員さんがいるようなお店です。

そういうお店では本当に欲しいものを買うことができ、かつまた再び行きたいと思うものです。

まさに、松田さんのおっしゃる『喜ばれるサイト』とは

居心地よく楽しんで買い物ができるお店のようなサイトのことなのではないでしょうか。

そんなサイトを作りたいです。

そんなサイトを作れたとしたら、自分も幸せになるに違いないと確信します。